日々の記録と試行錯誤

活動日誌

撮る、気づく、学ぶ、伝える。日々の撮影と道具開発の思考メモ

現場での撮影の気づき、光の読み方、そして表現を支える道具(AI・Web技術)開発の試行錯誤をそのまま記録しています。
大掛かりな記事ではなく、日々のリアルな思考とアップデートのログです。

#気づき #撮る・現場

構図も適切でない、露出もピントも合っていない。
一般の写真教室的に言ったら「駄目な写真」なのだろうが、現実には、それでも伝わる写真がある。

逆に、構図も露出もピントも教科書通りに揃っているのに、何も伝わってこない写真もある。

不器用でも熱が伝わる写真がある一方で、何一つ破綻なく美しく整った上で、深く伝わってくる写真もある。
だからこそ写真講座や教科書は構図や設定を教えるのだが、そのスタイルだけで写真をやっていると、構図は合っているけれど凡庸な、死んだ写真になっていく。

ShinPhotoが「撮る、気づく、学ぶ、伝える」をコンセプトに掲げているのは、まさにそのためだ。
構図や設定を整えるだけでは片落ちで、現場で何に心を動かされ、どうすればそれが写真として「伝わる」のか。
指導の現場でも、つくる道具においても、その「伝わる」ための核心にこそ向き合い続けたい。

#気づき #道具・開発

写真を撮ったときに、どこか凡庸になってしまう。初心者ほど突き当たる、よくある悩みだ。

もしシャッターを切ったその場で、「もっとこんな感じの写真も撮れるよ」と、少し目線を変えた別の可能性を見せてくれるアプリがあったら面白いんじゃないか。

そんな素朴な思いつきから、「視覚のメガネ」というカメラを作り始めている。
撮り手の目を奪うのではなく、現場で新しいアングルの引き出しをそっと手渡してくれるような相棒になればいい。

#気づき #道具・開発

写真の講評では、つい画面を見ながら「右に」「上に」と左右や上下で語ってしまいがちだ。
けれど、これを実際の現場にあてはめると、正確には意味が違ってくる。

現場の「左右」とは、横にズレることではなく、被写体を中心に回り込んで光と背景を変えること。
現場の「上下」とは、平行移動ではなく、しゃがんで煽ったり、見下ろしたりするアングルのことだ。
そこを履き違えたままアドバイスしても、撮り手は現場で身体を正しく動かせない。

画面の上下左右ではなく、現場の「回り込み」と「見下ろし・煽り」へ。
写真講評ツールが手渡すべき言葉の解像度を、現場のリアルな足取りに合わせて整えてみた。

#気づき #道具・開発

大掛かりなオールインワンシステムや、手数料の高いプラットフォームに頼らなくても、個人でできることはもっと軽やかでいい。

Webでの想いの提示から、LINEでの気軽な相談、現場でのスマホ対面決済、そして丁寧に厳選した美しいWebアルバム納品まで。余計な固定費も複雑なツールも削ぎ落とした先で、すべての点と点が「一本の心地よい線」として繋がった。

仕組みをシンプルにすることで、無益な時間から解放され、有益なことに時間を使うことができるようになる。
シンプルだからこそ、できるようになることもある。

#気づき #事業・持続性

活動を長く続けるための「持続可能性」と、「フェアな価格」。
移動のコストや指導の時間、現像の役割と向き合いながら、この二つの両立について考え続けてきた。

専業プロが生活を維持するために1回5万円を取るのは必然だし、完全に正しい。かといって、プラットフォームのような単なる低価格では、撮影だけでカメラマンは生活できない。

どちらの無理にも陥らず、適切な価格を「決める」のが目的で思考してきた。

表現を届けるギャラリーがあり、学ぶための道具があり、光を深める講座がある。撮影単体で生活のすべてを背負う必要がない多面的な土台がShinPhotoにはあるという事に気づいた。これなら身近でフェアな価格を、迷いなく決めることができる。

単なる安売り競争ではなく、ずっとそばで伴走し続けるための構造。
ようやく、胸を張って価格を提示できる準備が整った。

#気づき #撮る・現場

写真家はよく「料理人」に例えられる。シェフが生肉を客に出さないように、色や質感を極限まで仕上げた完成品だけを届けるのがプロの誇りだ、と。

自分の世界観を完結させる写真家(作家)なら、その誇りは正しい。けれど、人や暮らしのそばに立つ「写真屋」でも同じなのだろうか、と考える。

フィルムの時代、現像やプリントは専門の「現像屋」の仕事であり、カメラマンはレタッチャーではなかった。写真屋の本来の腕とは、現場で光を見極め、一番美味しい瞬間をスライスする「肉屋」のようなものだと思う。

素材を知り尽くした肉屋が店頭で揚げるコロッケは、気取った料理よりずっと素朴で美味しい。現場で良い光を捉えていれば、過度な味付けを施さなくても、基本の丁寧な現像だけで写真は十分に息づく。

特別な調理が必要ならオプションとして頼めばいいし、「セレクトから自分の手で料理したい」という表現者には、最高の生肉(RAWデータ)を気持ちよく手渡せる街の肉屋でありたい。
写真の主権を抱え込まず、相手の感性に委ねること。それもまた、写真屋としての大切なフェアさだと思う。

#気づき #撮る・現場

写真の出張個別指導で、「友人と2人で受けたいのですが、追加料金はいくらですか?」と聞かれることがある。そのとき、私は「同じ料金のままで大丈夫ですよ」とお答えしている。

世間一般的なレッスンでは、人数が増えれば「ペア料金」として金額が上がることが多い。教える側の気配りや労力が増えるのだから、それも一理ある理屈だと思う。

けれど、1時間という枠が変わらない以上、生徒の側から見れば、自分に直接向き合ってもらえる時間は参加した人数分だけ薄まっている。

直接向き合う時間が薄まっているのに、「人数が増えたから」と追加でお金をいただくのは、受講者に対しても、自分自身の良心に対してもフェアじゃない。
提供している1時間という枠に対して、いただく対価もどこまでもフェアでありたい。

先生が他の人を見ている間に、自分で試行錯誤してシャッターを切ってみる。その自走の時間も含めて、仲間と気楽に1つの枠をシェアして楽しんでもらえたら、それが一番自然な学びの場だと思う。

#気づき #撮る・現場

世の中の基準になっている「1時間約2万円」という数字の現実を、工数と経費の面から分解してみた。

頼む側からすれば「定額コミコミ」はわかりやすく、ありがたい。けれどその内実を覗くと、カメラマンの移動拘束時間や有料駐車場代、そして撮影後の何時間もの現像作業が、すべて「0円のタダ働き」として飲み込まれることでしか成り立っていない現実に突き当たる。

片道1時間の往復移動と数千円の駐車料金、帰宅後の数百枚の写真選別と色調整。それらを差し引いたとき、現場に立つ撮り手の手元に何が残るのか。腕が良く依頼が集まる人ほど移動とPC作業に忙殺され、経費を持ち出し、数年で燃え尽きて現場を去っていくのは当然の帰結だ。

「定額コミコミ」という言葉の裏で、撮り手の時間と実費を不可視化してしまう構造。
ここを直視して曖昧さを排除しない限り、撮り手と依頼者が健全に付き合い続けられる道は見えてこない。

#気づき #撮る・現場

写真を通して誰かの歩みや表現に寄り添う「伴走」を掲げるなら、何よりもまず、撮り手自身が無理なく健全に続けられる「持続可能性」がなければならない。途中で力尽きて現場から消えてしまうようでは、伴走という言葉自体が嘘になってしまうからだ。

けれど、いまの写真市場を見渡すと、持続できない構造的な袋小路にあることに気づかされる。
専業プロの1回5万円という相場は日常の伴走としては価格が高い。また、その経営を支えていた法人案件も急速にAIへと代替され始めている。
かといって、安価なマッチングプラットフォームに身を置けば、移動や現像の負担で疲弊し、腕が良く評価の高い人ほど早々に去っていく。依頼者が「子どもの次の節目も、ぜひあの方にお願いしたい」と思ったときには、もう辞めていてプラットフォームに居ないのだ。

伴走を続けようと考えたら、どちらの道も構造上「選べない」のだ。

では、撮り手が無理なく健全に続けられる持続可能性があり、同時に利用者にとってもフェアな価格というのは、一体どういうものなのだろうか。一度、現実の数字と工数に向き合って真剣に考えてみたいと思う。

#気づき #道具・開発

構図というのは本来、良い写真を集めたときの「統計的な傾向(結果)」であって、その型にはめたから良い写真になるわけではない。

心惹かれた主役や光、その場の空気をどう伝えるかを突き詰めて素直に画面に配置したとき、結果として世の中で言われている構図のどこかに収まっている。本来はそれが自然な表現の姿なのだと思う。

「構図のために撮る」のではなく、「伝えたい感動のために配置する」。この感覚が伝わるよう、ShinPhotoの写真講評や「成長のきろく」の写真を見る目を、少し修正してみた。

#道具・開発 #気づき

ShinPhotoの写真講評ツールに新しく「成長のきろく」という機能を加えました。1枚の写真を単発で評価するだけでなく、これまでの講評履歴を串刺しにして振り返ることで、過去の自分と比べた「以前よりできるようになったこと」や成長・変化に自ら気づける仕組みをつくりたかったからです。

撮る人の眼と感性を育み、自分の写真をもっと好きになってもらいたい。これまでの積み重ねから自分の歩みを実感し、次の一枚を撮るのがもっと楽しくなるような道具になればと思っています。

#撮る・現場 #気づき

互いにモデルをし合うフォトウォークでは、撮り手のナビゲートなしにイメージ通りの写真は生まれない。自発的に及第点の位置や姿勢をとってくれるプロのモデルとは違うからだ。

ファインダーを覗き、相手が動きやすいように要望を出す。その丁寧なコミュニケーションが、写真をぐっと良くしていく。

#気づき #道具・開発

ShinPhotoの活動日誌をはじめました。

ツールやサービスを開発している裏側には、現場での泥臭い検証やアナログな試行錯誤がたくさんあります。

完成したものだけでなく、そうした日々の試行錯誤のプロセスをここに残していくことで、ShinPhotoが少しずつ良くなっていく歩みを、訪れてくれた方にもリアルに感じていただけたら嬉しいです。